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2009年1月 6日 (火)

「悩む力」 -姜 尚中- 2008年

悩む力 (集英社新書 444C) 悩む力 (集英社新書 444C)

著者:姜尚中
販売元:集英社
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 初めて著者を知ったのはやはりTVである。著者のメディアでの露出度は高い。新刊でありながら、福岡の古本屋で見つけ早速買うが、時間が取れず、何度も読み返すこととなり、読み終わったら年が変わっていた。

○「私」とは何者か
 著者は1950年生まれ8歳年上の在日韓国人二世である。Wikipediaによれば早稲田大学在学中に日本名「永野鉄男」から韓国名を使用するようになった。これは第一章で「私とは何者か」という問いから逃げようとする葛藤の末に「逃げられないと観念するようになりました。二十歳の時でした。(26p)」と執筆してることと合致する。自分の母、夏目漱石、そして独の社会学者Max Weberを中心に様々な学者や作家等の思想が紹介されている。よく言えば圧倒的な読書量だが、「まるで紹介本だな」と時折、感じる一面もある。
 話は横道にそれるがこの著書でも養老孟司著「バカの壁」でも紹介されているオーストリアの精神医学者V.E.Franklの記述が引用されている。強制収容所の体験は大いに気になる。

○世の中すべて「金」なのか
 著者は、漱石とWeberが30歳代半ばで迎えた世紀末と、自分が迎えた世紀末を対比している。1905年に日露戦争に勝った日本を「自称一等国になった新参者(48p)」と表現している。さらに「国家が成りあがっていく..その過程で無数の成り上がりを生み出す」「新興ブルジョワジー..は極限のハングリー精神で..ごりごりの拝金主義(49p)」という。「日露戦争」を「ITバブル景気」に、「新興ブルジョワジー」を「堀江貴文」に差し替えれば確かに二つの世紀末が符合する。漱石は「金が持つ危うさを察知して..しつこいほどお金をめぐる人間の姿を書いた。(59p)」ということである。

○「知ってるつもり」じゃないか
 「物知り、情報通であることと知性は別物(67p)」「みずからの血肉になっているような情報..なら良い。(68p)」という発想は今年の年賀状に少し引用した。知行合一、文武両道に通じる。三浦梅園が学問を茹でて青臭さを取る野菜にたとえ「少ししか読書しない者は少し学者臭く、大いに読書している者はさらに学者臭く」と言ったことを新渡戸稲造が紹介し、武士にとっては冷笑の対象、書物の虫と蔑んでいたことを思い出す。「若者の浅知恵は年寄りの成熟した知恵にはかなわない。(68p)」とも言っている。翻って自分に成熟した知恵があるのかと言えば疑問を感じる。

○「青春」は美しいか・信じるものは救われるか
 「底の浅い老成(89p)」という言葉は自分を突かれたような気分にさせられる。自由を手に入れ個人の権利が最大限に認められると「私は何を信じたらいいのか(100p)」と途方に暮れる。制約がないからこそ自分ですべてを判断しなければなくなる。個々人に負担がかかり対処として宗教を求めるとしている。私なりに考えれば宗教はマニュアル、法則、法律に類似するものかも知れない。これに頼れば、負担が軽減される替わりに思考が停止してしまう..というわけである。著者はこれを否定して「weberや漱石のように、自分の知性だけを信じて、自分自身と徹底抗戦しながら生きて行く(107p)」という人生を提案している。信仰を捨てて悩みの海へ漕ぎ出そう!という訳である。

○何のために「働く」のか
 漱石が「開化の潮流が..進む程..職業の性質が分れる程、我々は片輪な人間になってしまう。(119p)」と述べた講演を紹介し、さらに「働くということは人間性のある部分しか使わない」と考えていた様である。サラリーマンに例えれば「歯車」ということか。ならば宝くじ当って一生の収入が確保できれば働かなくても良いことになる。しかし、実際はそうではない。働くことの意味が「自分の存在を認められる(122p)」にことにあるからと著者は結論付けている。

○老いて「最強」たれ
 「子供に死に対する恐れがないのは死というものを知らないから」で、私達は「知ったうえで..考えをめぐらし..心構え..を持ったうえで恐くないであるべき」と述べている。さらに福沢諭吉の「一身にして二生を経る(171p)」という言葉を引用している。恐いものをなくし、自己規制をしない心境に達しないとこの世界はやって来ない。

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