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2007年1月24日 (水)

「下流社会」 -三浦展-

下流社会 新たな階層集団の出現 Book 下流社会 新たな階層集団の出現

著者:三浦 展
販売元:光文社
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○「はじめに」・・実に地味なタイトルだと思った。著者は1958生まれで同い年である。「『下流』とは、単に所得が低いと言うことではない・・総じて人生への意欲が低いのである。(9p)」とし、その背景に「団塊ジュニア以降の世代は著しい貧富の差を見たことがない(9p)」ことがあるとしている。ユニクロ現象が「だらだら生きても生きられる(10p)」時代を作ってしまった。ちなみにここでは高度経済成長期に生まれた「新人類」は1960~68年生まれと提起されている。私と著者はこの世代に近いが少しである。

(以下コメントに続く)

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○第1章「『中流化』から『下流化』へ」・・私と著者が生まれた58年に東京タワーができ、高度経済成長期へ進み、たった15年で国民の6割が自分は中の中だと思うようになった。「しかし、2005年以降・・あまり成長しない(28p)」こととなる。「そして・・中流・・を目指すこにと価値はなく・・最適な生活・・を求める」こととなる。これにより「中流化から階層化へのトレンドシフトはこれまでのビジネスモデルを無効に(38p)」したと言うのだ。


○第2章「階層化による消費者の分裂」・・「従来の『高所得の夫と専業主婦』・・が崩れ『高所得の夫婦同士』の組み合わせが増える兆しがある。(67p)」ことを複数の研究者が指摘しているようだ。格差が拡大しゆく。そして「女性であることの共同性は崩れ・・個人として評価され・・親の階層性による差別が、今、拡大している。(70p)」との指摘には昨今の四年制大学への進学状況、さらには大学院への進学状況をみれば符合している。

○第3章「団塊ジュニアの『下流化』は進む」・・団塊ジュニアは71~74年生まれで、著者がいう真性団塊ジュニアは73~80年生まれだから私より13歳から22歳若い。堀江貴文が72年生まれ、イチローが73年生まれ、中田英寿が77年生まれである。地方公務員なら上は係長級目前で、下は採用後数年と言うところである。彼らの親つまり団塊の世代が階級意識を高めた頃に学生時代を経験し「社会の荒波を知らずに・・親のすねをかじりつくして消費生活に酔いしれ(102p)」いたために、彼らは「年をとればとるほど消費生活の水準が落ちてゆくという不安が大きい(103p)」というのである。あくまでも比率の話であるが、「彼らの階級意識が一気に低下する(103p)」というのである。

○第4章「年収300万円では結構できない!?」・・「男性の収入・・500万円を越すと一気に結婚が現実のものとなり・・1000万円を超えると100%結婚できる。・・所得が高いかどうかが男性が結婚できるか・・とかなり強く相関している。昔のように結婚して二人で頑張って働いてだんだん豊かになっていこうという考えの女性はいなくなった。(125~126p)」を読んだとき、今も昔も女性雑誌が皇室やスターの結婚記事で賑わっていることと一致しているか。確かに女性は「結婚することで階層意識を上昇させる。(130p)」ことは間違いない。「派遣社員は33~37歳になっても・・既婚率は43.4%・・フリーターは3.8%(150~151p)」となれば少子化の原因をここに見出しそうである。

○第5章「自分らしさを求めるのは『下流』である。」・・「自分らしさが大事だから一人暮らし、親と同居、夫婦二人だけ(170p)」となれば、社会性が欠如し、コミュニケーション障害を拡大させる。前章と関連するが「晩婚化、少子化の原因(171p)」となる。「不安定で不満の多い選択が自分らしさと引き替え(172p)」になっていると言うのである。「コミュニケーション能力が高いか低いかが、若者に勝ち組、負け組意識を植え付ける。(173p)」には共感する。漫画はほとんど読まないが「ドラゴン桜」でも読んでみようかと思う。「面白さは社会にある不平等を自由、個性、オンリーワンなどいう言葉で隠している大人の欺瞞(177p)」はかの「国家の品格」に通じる。

○第6章「『下流』の男性はひきこもり、女性は歌って踊る」・・昔、音楽鑑賞だったか読書だった忘れたが、受動のみは趣味とは言わないと聞いたことがあった。そうすれば団塊ジュニアの階層意識「下」の趣味は、趣味ではない。「オタク、ひきこもり的な傾向(179p)」が多い。インターネット環境はデジタルデバイドを識別する要素でなく、「下」の方が志向性が高い。パソコン、ページャー(携帯電話)、プレイステーションを「3つのP」と呼んでいる。

○第7章「『下流』の性格、食生活、教育観」・・「営業も恋愛も重要なのはコミュニケーション・・一定のコミュニケーション能力を身に付けた女性は仕事でも恋愛、結婚でも自分の願いを成就する。(212p)」には自分の反省も込めて大いに共感する。「コミュニケーション能力という性格によって上流と下流に別れ・・上流の男性は上流の女性と、下流の男性は下流の女性と結びつきやすい(215p)」つまり二極化となる。ここで日清食品の安藤社長と伊藤忠商事の丹羽会長の言葉が揚げられている。それぞれ「日本人は年収700万円以上と400万円以下に二極化する(219p)」と「低所得者層を無視してはこれからの日本企業は成り立ちません。(219p)」である。

○第8章「階層による居住地の固定化が起きている?」・・初めて「ジモティ」という言葉が存在することを知った。Wikipediaでは「地元の友」と解説しているが「都会で生まれ育った若者は学校も買い物も職場も郊外ですますようとする。(253p)」らしい。これが「住む場所を固定化し(256p)」「新しい農民」を生み出すことを問題視している。「ただの『村』(256p)」となるのである。

○おわりに-下流社会化を防ぐために「機会悪平等」・・著者の最も言いたかった「頑張っても頑張らなくても、能力があってもなくても、給料の差はあまりなかった(266p)」への恨みが機会悪平等だろう。「完全な機会均等とは、親の経済力、職業、地域社会の特性など、子供が自分で選択できない外的な環境の差からくるすべての不平等をなくす」が最も言いたいことか。「下駄履き入試」「」東大学費無料」は結構面白い。

投稿: すえよし | 2007年1月24日 (水) 23:06

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