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2007年1月 7日 (日)

「会社は誰のために 」 -御手洗冨士夫,丹羽宇一郎-

会社は誰のために 会社は誰のために

著者:御手洗 冨士夫,丹羽 宇一郎
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○第一章「改革力を身につける」

 伊藤忠会長の丹羽氏は企業によって高度経済成長期には不要だった改革が、バブル崩壊で問われ、「改革力」の差が企業の運命を分けたと考えた。ただ「改革には必ず痛み(20p)」が伴う。これを嫌い現状維持を望む人(大半は部下だろう)に「何のために行うかを周知徹底(20p)」させなければ成就しないと断言した。加えて行政の制度は「時代遅れ・・改革は・・パッチワーク的対症療法」と斬り捨てられた。

 工学院大の畑村教授が著書「失敗学のすすめ」で、技術の萌芽期を経験していない人がシステム全体を見渡せず、局所的な改良が致命的となる可能性を指摘した。パッチワークか。教授は「局所最適・全体最悪」と称した。経団連会長の御手洗氏がいう「部分最適」「全体最適(39p)」に似ている。先の畑村教授は「技術の寿命はおよそ30年」としている。「制度」も「技術」も同じではないか。一定間隔でフルモデルチェンジが必要と言うことか。

 御手洗氏は11万人の従業員を抱える「キヤノンの一時代を築いた事業部制も・・制度疲労が起きて・・権限がそれぞれ強力になりすぎ・・構造そのものをガラリと変えなければ(25p)」と思った。畑村教授は「組織運営に応用される樹木構造」の概念で、「各系統の役割を限定し、意図して横のつながりを分断」としている。「事業部制」と「系統」が類似している。図体が大きくなる弊害との戦いか。

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○第二章「組織はどうあるべきか」
 御手洗氏が企業の不祥事に触れて米国式の「社外取締役は四半期に一度しか来ません・・業務内容について踏み込んだ意見をいえるわけではない。(94p)」「アメリカ流を取り入れなくても従来の仕組みを強化することで十分(96p)」との考えを示した。
 丹羽氏はこれを「他律他省」と称し、「日本には古来より『自立自省』の精神がある(97p)」と共感した。これは藤原正彦氏が「国家の品格」で語った武士道精神に近い・・と思った瞬間、「根底にあるものは・・武士道をはじめ、儒教精神だ(97p)」「無条件にアメリカ式流を取り入れてしまうのは・・精神文化を自ら捨ててしまうこと(98p)」という言葉が飛び込んだ。資本主義への思いも類似している。日本には「個々人の倫理観」や「自戒の精神」がある。

○第三章「要は『人づくり』にある」
 丹羽氏の「記憶に残らなければ、話していないののと同じ(115p)」という言葉は堪えた。御手洗氏が社員への考え方の浸透方法や改革成功の「秘訣」を聞かれ、「コミュニケーションの回数(111p)」か・・自分には痛い。
 丹羽氏の言う「エリート」は、先の藤原教授が言う「真のエリート」に近いが、教授はやや禁欲的な印象を持つ。御手洗氏がいう「国際人」も藤原教授の概念に近い。
 丹羽氏の「『一流』を知り、『武士道』に学べ(141-145p)」は一読の価値がある。

○第四章「トップのあるべき姿とは」
 この世代の著書にはライブドアを始めとした横暴な資本主義や日和見的なマスコミ報道に対するアンチテーゼが多いと感じる。

○第五章「日本の行く末を考える」
 両氏の意見が微妙に異なった。丹羽氏が格差問題に触れて「低所得層が増えれば・・価格重視に比重がかかって・・中間層をターゲットにしたスーパーマーケットは衰退し、百円ショップなど・・勢いを増して(201p)」という懸念を示した。これに御手洗氏は「ちょっと意見が異なるかも(202p)」と返答した。渡米経験を持つ両氏だが、御手洗氏はやや米国流、丹羽氏は藤原教授に近い。論議は当然、結論が出ないまま終わる。

投稿: すえよし | 2007年1月 7日 (日) 18:14

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