« 「海檸檬」のこと、そして「やまけん」さんのこと | トップページ | 物色された真鯵 »

2006年9月29日 (金)

俺はここで頑張ってきた

○かんぱち養殖を営むT氏は「町村合併で何もいいことはなかった」と言う。主旨は過疎化が止まらないことであった。彼は長男である。「長男が家業を注ぐことは当然の家のルールだった。しかし、若い奴は長男でも家業が苦しければ、陸に上がって街に出て仕事に就く。昔はこれを補完する出稼ぎがあった。それは家業を守るため、一時、陸の仕事で収入を得て家に持ち帰ることだった。」と言った。つまり、長男の軸足は故郷にあった。人口移出はあるが、誰も養殖を始めないから移入はないと言うことである。

○同様な話があった。離島では「子供がいる家庭は高校通学がネックとなって島を離れる」という話がある。合併が進むと、旧町村の過疎化や老齢化が見えにくくなる。T氏は漁村という集落が最低の生活機能も失うほど過疎化が進むことを恐れている。

○T氏は「俺はここで頑張ってきた。真珠をやり、鰤をやり、そして今かんぱちをやっている。ここの人は皆そうやって来た。」と言った。漁村にはほとんど企業がない。耕地も少ない。商売は海に求めるしかない。最後にT氏は「俺は生きていくだけで精一杯だ。行政に何が出来るかは行政が考えろ」・・大した返答は出来なかった。故郷の漁村で頑張る人に何ができるのか。(蒲江)

|

« 「海檸檬」のこと、そして「やまけん」さんのこと | トップページ | 物色された真鯵 »

03「働く」」カテゴリの記事

@佐伯」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/154935/3645821

この記事へのトラックバック一覧です: 俺はここで頑張ってきた:

« 「海檸檬」のこと、そして「やまけん」さんのこと | トップページ | 物色された真鯵 »